バラは、『美女と野獣』を語る上で欠かせない重要なアイテムです。バラが物語の全ての始まりだと言っても過言ではありません。
当記事では、そのバラが持つ意味について詳しく解説しています。また、原作でのバラのあり方を比較、考察もしています。気になる方はどうぞ寄ってってください!
物語は「バラ」から始まる
『美女と野獣』において、バラの存在は物語の起点であり、その全ての始まりだといえます。
物語のオープニング、魔女により野獣の姿に変えられた王子は、魔女から一輪の「バラ」と、自分が見たいと願う事物を写す「鏡」の2つのアイテムを手渡されます。
そして、魔女はこう告げます、「バラの花びらが全て散る前に人を愛し、人から愛されなければ2度と元の姿には戻れない」と。
『美女と野獣』の物語というのは、野獣が人から愛されて元の姿に戻ろうとする話です。そして、バラは姿に戻れるタイムリミットが分かる唯一のアイテムです。そういった意味で、野獣がバラを受け取った瞬間から物語が始まる、つまり起点だといえるわけです。
もちろん、問題の種はバラそのものではなく、バラにかけられた魔法だったのは言わずもがなですが。
また、作中では、一枚一枚バラの花びらが落ちるたびに、タイムリミットが迫っていることを分かりやすく告げる演出効果を担っている点も、見逃せないポイントです。
バラの花言葉
バラの花言葉は、その本数に応じて意味合いも違ってきます。
『美女と野獣』のように1輪のバラだと、一目ぼれ、あなたしかいない。2本だと、この世界は二人だけ、3本だと、愛しています、告白、さらに100本にもなると100%の愛。
ようは、バラの本数が多くなるにつれて、愛を示す度合いも大きくなるというわけです。気になる方は以下の参考サイトなどで調べてみてください。ちなみに999本だと、何度生まれ変わってもあなたを愛する。用意するのが大変!
参考サイト:WeddingPark
そもそもなぜバラ?
これは原作でバラが登場したからと考えるのが妥当です。
原作のバラについては、後で詳しく説明しますが、バラが選ばれた理由は、筆者は原作からの踏襲だと思っています。
ただ、もし原作でバラではなく他の花だったらなら、話はまた違っていたかもしれませんが…。
原作の「バラ」の場合
「バラ」は、『美女と野獣』の原作(ヴィルヌーヴ版、ボーモン版)においても登場します。
ですが、バラがもつ意味は原作とアニメ版とでは異なります。
原作では、まず商人であるベルの父親が、商売で港に行く際、ベルからバラの花を一輪持ってきてほしいと頼まれます。
そして、ベルの父親は港からの帰宅途中、大きな館に迷いこんでしまい一息つくことになります。その後、館の敷地にあったバラを目にした父親は、ふとベルの頼みごとを思い出し、バラの枝を折って持ち帰ろうとします。
次の瞬間、怒りを露わにした野獣が突如現れ、バラを折るとは失礼極まりないと父親を問いつめ、最終的に娘を差し出たら許す、といったかたちで物語が進んでいきます。
このように原作だとバラは、単に野獣登場のきっかけとなったアイテムであり、アニメ版のように花びらが全て散ってしまうと2度と元の姿に戻れないといったたぐいのものではありません。
そして、原作でのバラのあり方は、実写版が踏襲しています。
実写版では、ベルが父親にバラを頼み、その後城に迷い込んだベルの父親は、やはり敷地にあった白いバラを折った瞬間に、野獣に襲われてしまいます。
そのような意味では、実写版の方がより原作に忠実といえるのかもしれません。
まとめ
「バラの花びらが全て散る前に人を愛し、人から愛されなければ2度と元の姿には戻れない」というのは、ディズニーならではの話で、原作ではバラにそのような意味は一切ありません。
原作だと、バラはあくまでも野獣登場のきっかけとなったもので、これは実写版が踏襲しています。
個人的にバラは、結構好みの分かる花だと思っていますが、どうやらベルはバラ好きみたいです。
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